こんな写真がありました 2
近鉄の車両は片町線の徳庵にあった近畿車輛で製造されていました。そこから近鉄の検車区・工場へ送られていたわけですが、片町線・関西線・和歌山線を通り、吉野口から近鉄吉野線経由で橿原神宮駅(前)へ、そこで狭軌用の台車から標準軌用に履き替え工場所属の電車に牽引されて搬入されるということを誰かに聞いたか雑誌等で読んだかした記憶があります。この日は「敬老号」「20世紀号」などの臨時列車を撮りに行き、偶然目にしました。撮影順に投稿しています。モ1000型にサンドイッチになっていますが、どんな風にしたのかよくわかりませんが、まあご覧になってください。
コメント
私がモ10400系のことを知ったのは昭和37年3月号の「鉄道ファン」誌においてであった。名阪ノンストップ特急用に開発された新ビスタカーの後を受けて、2250系などの旧型車置換え用として設計されたわけであるが、4両2編成の製造にとどまり後に製造された11400系の先行試作車的な性格を持った車両であった。M1とM2がユニットを組み冷房装置はM2(偶数車)からダクトでM1に送るという旧ビスタ以来の方式であった。前面は新ビスタ半流線型に似た顔であるが幕幅がやや広くなっていた。Oゲージではあったが模型誌にも作り方が掲載され、私も16番で作りかけたが未完成のまま引き出しの奥で眠っている。実車は12200系増備後勾配区間が連続する大阪線での運用に支障があったのか、晩年は名古屋線に転属し冷房装置も分散式に改造され、左右で窓高さが異なるという特徴ある前面の顔も平凡なスタイルに改められた。
懐かしい近鉄電車の貴重な写真をたくさん見せていただきまして有難うございます。
正面が左右非対称の車両は、運転台の隣に便所を配したモ2200や新ビスタカー10100形の流線型でない方、(元祖)あおぞら号の20100形など、近鉄には結構存在し、ファンの心を波立たせるものがあるように思います。
今回は10400系の写真を投稿させていただいたわけですが、実車が大阪線と名古屋線に1編成ずつしかなかったせいか写せたものが少なく粒子が粗かったりピントの甘いものばかりでお恥ずかしい限りです。上本町で撮したものなど(これは昭和42年の撮影でハーフサイズのカメラですが)もっと近寄って撮れば良いものを何を遠慮していたのかと思います。連結面をアップで撮ったものはあったのですが。国鉄では昭和36年のクハ153-500あたりから運転台を高くした車両が標準的になってきますが新ビスタ-10400-20100と左右非対称の車両を続けたあたり、この顔を標準化することも考えていたのかもしれないなと思ったりしています。