こんな写真がありました 2
近鉄の車両は片町線の徳庵にあった近畿車輛で製造されていました。そこから近鉄の検車区・工場へ送られていたわけですが、片町線・関西線・和歌山線を通り、吉野口から近鉄吉野線経由で橿原神宮駅(前)へ、そこで狭軌用の台車から標準軌用に履き替え工場所属の電車に牽引されて搬入されるということを誰かに聞いたか雑誌等で読んだかした記憶があります。この日は「敬老号」「20世紀号」などの臨時列車を撮りに行き、偶然目にしました。撮影順に投稿しています。モ1000型にサンドイッチになっていますが、どんな風にしたのかよくわかりませんが、まあご覧になってください。
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近鉄奈良駅の貨物用ホーム
今回の写真でもわかるように奈良駅には貨物用の引き込み線とプラットホームがあった。どのような使われ方をしていたかは知らないが、写真を見ると貨物線は下りの線路上のシングルスリップのポイントがある辺りの上り線から奈良駅方向に分岐していたので、下りの列車は直接貨物線には入れず、いったん旅客ホームに入ってから折り返して上り線に入り、その後再び折り返して貨物線に入って行ったと考えられる。列車の頻度からしても昼間にこんなことはできそうもないから、あったとしても深夜ではなかったろうか。そんな貨物駅も奈良駅の地下移設に伴う仮駅用に用地を提供するため取り壊された。
地上駅時代の近鉄奈良駅の写真の数々、懐かしく見させていただきました。何せ、中高の6年間利用させていただいた駅ですから、思い出もたくさんあり、写真から思い出されます。ありがとうございます。