- 近鉄奈良駅が地下に移設されたのは半世紀以上前のこと。当時の様子を当時の写真や新聞記事などから振り返ってみた。
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20m4連がギリギリに停まる様子
写真右端ゼブラ模様の地点で県道が下をくぐっている。
ガードを越えた地点から県道の中央部分に乗り入れる。
半地下案ではこの先奈良寄りの地点で地下に潜り始めることになったと思われるが、工事期間中の線路の移設等大分様相は異なったものになったはずである。
線路南側は用地買収も終り、建物の取り壊しが急ピッチで進む。 43-6-16
線路の北側は元のとおり。油阪方面から東に向かうボンネットバスが道幅ぎりぎりで通って行った。
線路の南側にあった旅館
併用軌道を行く8000系。
右側の、石垣でかさ上げされた道は現在も存在する。
上と同じ地点で道路の南側から奈良駅方面を望む。
6月16日、奈良駅付近では貨物用ホームが完全に撤去され整地作業が進む。
近鉄奈良駅地下化工事の頃 Ⅱ
近鉄


コメント
記憶の奥にある風景を呼び起こさせてくれる写真の数々、ありがとうございます。懐かしく見させていただいています。
次の投稿のため参考にできる記事はないものかとネットで色々検索していたら、県立図書情報館のホームページに「奈良の今昔写真館WEB」というコーナーがあり、そこに地上時代の奈良線の写真が数多く載っていました。既にご存じかと思いますが、時々更新されているようなので珍しいものに出会えるかも知れません。
ところで何を探していたのかというと、地下工事はどんな工法で行われたのかということ。駅付近と地下の入り口付近はオープンカットで上部を鉄板で覆い行われたと思うのですが、国鉄の下とか県道部分はどうしたのか?奈良駅と油阪には工事の櫓が組まれており、そこからトンネルを掘るようにしたのか、しかし工事期間は1年ちょっとしかなかったはずだし、ネットの前面展望ビデオなどを見てもトンネル断面は矩形だし、難波線は複線用のシールドで工事したとのことですが・・・。