在りし日の「関西本線」 国鉄補機が見えない 2020.08.242022.05.01 投稿内容: こんな長大編成の貨物列車が走っていた。 追加投稿画像: タイトル: 大河原駅西キャプション: やっと補機が見えた説明: やっと補機が見えたところで撮る。 タイトル: 大河原駅西キャプション: 別の日にも撮る説明: 別の日にも撮る タイトル: 加茂~木津間キャプション: こんな長大編成も走っていました。説明: 本務機と補機とが力を合わせて木津へと向かう タイトル: 笠置~大河原間キャプション: 天理の臨時列車説明: 大河原西の上りの登り坂を行く。 コメント 名前:塚本 勝美 : 投稿日:2020/08/24(月) 12:27:50 ID:Q0MzkyMzg 塚根さんの大河原駅の感想から、在りし日の関西本線を走っていた貨物列車を見ていただくと、大河原駅の交換設備の有効長の長い理由がお分かりいただけると思います。 投稿した写真は、昭和42年(1969年)の10月初秋の関西本線。この頃の関西本線は元気でした。いまや雨が降ったり、風が吹いたりするとすぐに運転休止となります。弱くなったのかなあ~。関西本線があるだけでもいいかと思う。 返信 名前:塚根義通 : 投稿日:2020/08/25(火) 09:03:54 ID:M5NjEwMzE いや〜想像はしていましたが、ホンマに超大編成やったんですね。 補機が必要とまで思っていませんでした。 加太越えは撮影に行った覚えがあるのですが。 関西本線は文字通り本線やったんですね。 盛者必衰の理をあらはす、と言う感じですか。 返信 名前:入江 正則 : 投稿日:2020/08/31(月) 19:35:54 ID:Y2OTY3NDM 塚本 勝美 様 在りし日の「関西本線」の写真、素晴らしい位置で撮影されています。様々な大河原や木津付近でも撮影されています。当時関西本線の柘植以西でも補機付きの列車が運行されていたとは知りませんでした。よくご存じでしたね。加太の大堰堤を駆け上る補機付きは知ってはいたのですが、木津までこのような形で運行されていたのでしょうか。でも運行本数は1日2~3本だったのでは無いでしょうか。当時は奈良県内、和歌山県内の一部の貨物はこのように関西本線経由で稲沢に運ばれていたのでしょうね。木津~奈良間で撮影した記憶があるのですが、そのときは本務機のみの運行でした。 もう一つお伺い致します。最初の写真はカラ-化されていますが、もとはモノクロ写真を加工されましてあのような原版がカラ-であるかのような写真に加工されたのでしょうか。もしそうであればどの様なソフトを使用されたのか、お教えいただきますと幸いです。 カラ-化しますと全く印象が変わってしまいますね。もしカラ-化されたとしますと恐ろしい技術です。 返信 名前:塚本勝美 : 投稿日:2020/09/01(火) 00:14:01 ID:g3MjM2MTA 関西本線の写真のコメント、ありがとうございます。まず、初めのカラー写真は、カラーフィルムで撮影したものです。モノクロをカラー化したものではありません。 撮影場所については、当時の写真を見ていると、若さに任せて、よく歩き、山に登り、草木をかき分けながら道なき道を入り込んでいったものだと思います。最初の写真と2番目の写真は同じ貨物列車を植林されて間もない山に登り、木津川が見える場所から撮りました。今では木々が成長してここまで登れません。(半世紀以上経ったのですから当たり前です)この場所だけでなく、昔に撮影した場所へ行くと、草木が成長していたり、造成されたり、住宅地になっていたりして、撮影ができなくなっています。昔の方がいろんなアングルで撮影できたなあ~といつも思います。 昭和45年10月のダイヤを見ると、下り3本のうち補機付きが2本あります。それ以前も上下3本貨物列車があったのでしょうね。写真はこのうちの1本です。木津まで補機付きで、木津で片町線、奈良線、関西線に分離けられて片町線はC11で、奈良線はC58で、関西線はD51で、それぞれの行先まで引っ張って行ったのです。木津で貨物を行先別に分けるのに奈良機関区の86が活躍していました。木津まで来たD51は、重連や単機で奈良機関区まで回送されたり、送り込みされたりしていました。 反対に関西線・片町線・奈良線の各地から木津に集まった貨物は、関西本線上りの貨物列車として亀山・稲沢へと運ばれていたのでしょうね。 書きながら、当時に思いを馳せています。 返信 名前:入江 正則 : 投稿日:2020/09/07(月) 17:01:13 ID:Y1NjkzMTY 塚本 勝美 様 早速のお返事有り難うございました。木津に到着した貨物は、片町線、奈良線、関西線に仕分けされまして各駅に到着していたようですね。あと桜井線には貨物の取り扱いはなかったのでしょうか。私も片町線にてC11を撮影した事がありました。 そして塚本様があちらこちらに行かれまして、撮影されていましたことが良く分かりました。恐らくは私の撮影しました数倍の写真を各地に行かれまして撮影されていたのではないかと推測致します。また折にふれましてそれらの様々な地域の鉄道写真を公表していただきますと幸いです。 私も今、昔のモノクロフィルムをスキャンしましてデジタル化を考えています。どの様なスキャナ-の機種が良いのか苦慮しています。フラットベッド形式が早いのかなぁなどと悩んでいます。 返信 名前:塚本 勝美 : 投稿日:2020/09/07(月) 18:58:43 ID:c4NTA4MDE 桜井線にもC58が牽引する貨物列車がありました。帯解駅の奈良側の道路から撮影しようと現地に行った記憶があります。 小生は、2003年に発売されたA4のフラットベッド形式のを使っています。仕事上、フィルムも写真も紙もスキャンができるのが欲しかったので購入しました。解像度を上げると当たり前ですが、スキャンに時間がかかります。このスキャナーの最新モデルならもっと良くなっているかもしれません。また、こんな時、パソコンが複数台あると、1台をスキャン専用に使えるからいいですよ。 返信
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塚根さんの大河原駅の感想から、在りし日の関西本線を走っていた貨物列車を見ていただくと、大河原駅の交換設備の有効長の長い理由がお分かりいただけると思います。
投稿した写真は、昭和42年(1969年)の10月初秋の関西本線。この頃の関西本線は元気でした。いまや雨が降ったり、風が吹いたりするとすぐに運転休止となります。弱くなったのかなあ~。関西本線があるだけでもいいかと思う。
いや〜想像はしていましたが、ホンマに超大編成やったんですね。
補機が必要とまで思っていませんでした。
加太越えは撮影に行った覚えがあるのですが。
関西本線は文字通り本線やったんですね。
盛者必衰の理をあらはす、と言う感じですか。
塚本 勝美 様
在りし日の「関西本線」の写真、素晴らしい位置で撮影されています。様々な大河原や木津付近でも撮影されています。当時関西本線の柘植以西でも補機付きの列車が運行されていたとは知りませんでした。よくご存じでしたね。加太の大堰堤を駆け上る補機付きは知ってはいたのですが、木津までこのような形で運行されていたのでしょうか。でも運行本数は1日2~3本だったのでは無いでしょうか。当時は奈良県内、和歌山県内の一部の貨物はこのように関西本線経由で稲沢に運ばれていたのでしょうね。木津~奈良間で撮影した記憶があるのですが、そのときは本務機のみの運行でした。
もう一つお伺い致します。最初の写真はカラ-化されていますが、もとはモノクロ写真を加工されましてあのような原版がカラ-であるかのような写真に加工されたのでしょうか。もしそうであればどの様なソフトを使用されたのか、お教えいただきますと幸いです。
カラ-化しますと全く印象が変わってしまいますね。もしカラ-化されたとしますと恐ろしい技術です。
関西本線の写真のコメント、ありがとうございます。まず、初めのカラー写真は、カラーフィルムで撮影したものです。モノクロをカラー化したものではありません。
撮影場所については、当時の写真を見ていると、若さに任せて、よく歩き、山に登り、草木をかき分けながら道なき道を入り込んでいったものだと思います。最初の写真と2番目の写真は同じ貨物列車を植林されて間もない山に登り、木津川が見える場所から撮りました。今では木々が成長してここまで登れません。(半世紀以上経ったのですから当たり前です)この場所だけでなく、昔に撮影した場所へ行くと、草木が成長していたり、造成されたり、住宅地になっていたりして、撮影ができなくなっています。昔の方がいろんなアングルで撮影できたなあ~といつも思います。
昭和45年10月のダイヤを見ると、下り3本のうち補機付きが2本あります。それ以前も上下3本貨物列車があったのでしょうね。写真はこのうちの1本です。木津まで補機付きで、木津で片町線、奈良線、関西線に分離けられて片町線はC11で、奈良線はC58で、関西線はD51で、それぞれの行先まで引っ張って行ったのです。木津で貨物を行先別に分けるのに奈良機関区の86が活躍していました。木津まで来たD51は、重連や単機で奈良機関区まで回送されたり、送り込みされたりしていました。
反対に関西線・片町線・奈良線の各地から木津に集まった貨物は、関西本線上りの貨物列車として亀山・稲沢へと運ばれていたのでしょうね。
書きながら、当時に思いを馳せています。
塚本 勝美 様
早速のお返事有り難うございました。木津に到着した貨物は、片町線、奈良線、関西線に仕分けされまして各駅に到着していたようですね。あと桜井線には貨物の取り扱いはなかったのでしょうか。私も片町線にてC11を撮影した事がありました。
そして塚本様があちらこちらに行かれまして、撮影されていましたことが良く分かりました。恐らくは私の撮影しました数倍の写真を各地に行かれまして撮影されていたのではないかと推測致します。また折にふれましてそれらの様々な地域の鉄道写真を公表していただきますと幸いです。
私も今、昔のモノクロフィルムをスキャンしましてデジタル化を考えています。どの様なスキャナ-の機種が良いのか苦慮しています。フラットベッド形式が早いのかなぁなどと悩んでいます。
桜井線にもC58が牽引する貨物列車がありました。帯解駅の奈良側の道路から撮影しようと現地に行った記憶があります。
小生は、2003年に発売されたA4のフラットベッド形式のを使っています。仕事上、フィルムも写真も紙もスキャンができるのが欲しかったので購入しました。解像度を上げると当たり前ですが、スキャンに時間がかかります。このスキャナーの最新モデルならもっと良くなっているかもしれません。また、こんな時、パソコンが複数台あると、1台をスキャン専用に使えるからいいですよ。