第二回東北ミニ合宿に行って来ました

鉄道旅行

2021年10月18日~21日にかけて、柴田・近藤・塚根の3人で一昨年に続き東北で乗り鉄をしてきました。
利用したのは一昨年同様、秋のJR乗り放題パス7,850円也。
写真は陸羽東線の鳴子温泉駅に停車中の折り返し小牛田行き普通キハ110。
後ろに虹がかかっているのが見えるでしょうか?


三人とも別々のルートで前日(10月18日)夜水戸に集合、岡山から来る近藤氏が新幹線の人身事故で予定より4時間半遅れのトラブルがあったが、翌日は無事水戸線の常陸太田行きでスタート。
DCのハイブリッド化、電気式化が進んでいるJR東日本だが、こちらのキハE130は同社としては最後の液体式DCとなりそう。片運のキハE131とE132の2連は発車時には60%くらいの乗車率たが、登りの列車は4連で満員だった。
水戸は思ったより都会(茨城県の人、ごめんなさい)。
終着の常陸太田駅到着後、折り返し停車中のキハE131。
この駅はいわゆる枝線の終着駅だが、2005(平成17)年まで、この右手に常磐線の鮎川駅(茨城県日立市)に通じていた日立電鉄の常北太田駅があったらしい。
片面一線の小さなホームだが駅舎は立派で、駅員もいる。
日立電鉄の駅はこの裏手で、Googleマップで探してみるが、跡地はドラッグストアになっており、痕跡はなかった。
上菅谷駅に戻って郡山に向かう。左側がこれから乗る郡山行き、右は常陸太田行き。水戸線はキハE130系の天下。
左に写っている赤いヤッケのお兄さんは同好の士らしく、郡山まで一緒でした。
サイドビューはかなりカラフル。
上菅谷駅にて、下り常陸太田行き(近藤氏撮影)
列車は4両編成で席には余裕がある。となりに座ったおじさんから話しかけられていろいろ聞かされたが、残念ながら半分近くは何を言っているのかわからない(^_^;)
茨城県は北関東のはずだが、関西人の自分には東北弁に聞こえる。
上菅谷から1時間ほど進んだ常陸大子という駅で後ろ3両を切り離して単行になってしまった。確かに客数は減ったが、終点郡山に近づくころには満員状態。車両運用の都合やろけど、もう少し何とかならんか。
真ん中でタブレット持っている人は、これも鉄ちゃん。単行車内に同好の士と思われる輩が他にも1名。水戸線は2019年の台風でこの駅から袋田まで不通になっていたが、3月に復旧したので鉄オタが集まっているのか?
上永谷から3時間近くかけて、ようやく郡山に到着。新幹線も止まる立派な駅だが、水郡線のホームは端っこに、みすぼらしく(近藤氏撮影)。
右がこれから福島に向かう少しくたびれた701系。反対側のホームには磐越西線会津若松行きのE721系。右の701系と比べると車輪径が小さく、低床化になっているのが分かる(近藤氏撮影)。
福島で今度は阿武隈急行に乗り換える。ホームはJRのホームの端っこにこじんまりと言えば聞こえはいいが、すみっこに追いやられている感じで、こんな風にたどり着く(近藤氏撮影)。
車両は8100系の2連。国鉄の713系を元に作られたというが、顔つきが違うので別の車両に見える。
阿武隈急行は国鉄時代の未成線を引き継いで、自力で全線開通させたというなかなかの強者。南半分の丸森~福島間が自力開業区間だが、新しいだけあって線形も良く駅施設も新しい。しかし全線単線なので列車交換は必要。
列車は福島から終点槻木(つきのき)まで直通するものは少なく、梁川駅と丸森駅での乗り継ぎが多い。東北本線をバイパスしているが、所要時間は東北本線の方がかなり短いので、通しで乗る人はいないのだろう。
こちらは丸森駅。国鉄当時の仙台側からの終着駅。
仙台駅からはホテルの送迎バスで本日の宿秋保温泉へ。このバス乗り場は同温泉専用で、送迎バスが7台ほど止まっていて、時間になると一斉に出発する(近藤氏撮影)。
泊まったのは結構大きなホテルで、食事はバイキングスタイル。しかし、湯快リゾートや大江戸温泉とは違って対面式が基本で、なかなかに豪華で三人ともご満悦でした。
ホテルの部屋から見た秋保温泉の朝もや(近藤氏撮影)。
仙台から仙石東北ラインで石巻へ来た。同線は松島付近で近接していた仙石線と東北本線を200メートルほどの渡り線で接続することにより、仙台と釜石間の速達サービスを実現したもの。仙石線は直流、東北本線は交流のため、交直両用車を投入するのではなく、ハイブリッド車を導入した。これにより渡り線以外はすべて架線の下を走る気動車が誕生することになった(近藤氏撮影)
石巻駅は画面奥が仙台方面だが、向かって左側は仙石線の行き止まりホーム。右側は仙石東北ラインで、画面のさらに右に石巻線のホームがある。利用者の多い仙石線より少ない石巻線のホームの方が立派なのは、仙石線が元々私鉄として開業しているため、と柴田氏が説明してくれた(柴田氏撮影)。
折り返し仙石東北ライン仙台行きのHB-E210系が石巻を発車。床下機器が満杯のため、屋根上に元空気溜の一部と走行用のバッテリーが搭載されている。パンタグラフはないが、雰囲気は電車(近藤氏撮影
石巻駅は石ノ森章太郎さんの生まれ故郷なので、駅にはいろんなモチーフが。左側のアーチ型窓の上にはサイボーグ009。それにしてもハイカーが多い。どこに行くのか?
石巻から石巻線終点の女川まで向かうキハ111「奥の細道」カラーだが、本来は陸羽西線用にデビューしたはずで、運用の都合なのか。
終点女川駅に到着したキハ111。これから折り返して石巻線の反対側の終点、小牛田に向かう。
駅は東日本大震災で流されたらしく、軌道、ホームとも新しくなっていた
女川駅の駅舎はこんなに立派。物産施設などが併設されている。駅前から港に続く道は遊歩道として整備され、両側に海産物店舗や海鮮レストランが並んでいて、下車客も結構多かった。このころから天気が下り坂。今日向かう日本海側は低気圧発達しながら通過するため、暴風雨との予想。
終着の小牛田に着いたら、DD200のトップナンバーに遭遇。でも近藤氏曰く「試作機が900番台でデビューしているので、厳密にはトップナンバーではないですね。」
柴田氏曰く「ええやん、そんな細かいこと」。なかなかええコンビです。
小牛田の駅前で地元料理のすっぽこ汁を食べようと思ったが、11月からという事で残念ながらありつけなかった。代わりに昔懐かし中華ぞばをいただいたが、これがレトロな味でなかなか美味しかった。
小牛田から磐越東線で鳴子温泉駅に向かう。車両はまたキハ110。JR東ではキハ40系はとっくに引退している。
磐越東線の運転士さんは、喚呼がハキハキしたおねいさん。近藤氏とかぶりつきになっていました(^_^;)
小牛田から1時間ほどで到着した鳴子温泉駅は、駅前にホテル・旅館の送迎バスが並んでいた。さすが東北の名湯。
鳴子温泉から今度は新庄行に乗り換えるが、今回はオリジナル塗装のキハ110。それにしてもキハ110、そろそろ飽きてきた。
運転士が出発前にタブレットを一生懸命触っていたので、ゲームでもしているのかと思ったが、スタフ(運転時刻表)がタブレットになっていた。事故などでダイヤに変更があった場合、オンラインなら即座にスタフが更新できるという事か。JR東日本は無線式列車制御システムなどIT化が進行中。
新庄からは磐越西線で酒田に向かう。本来の「奥の細道湯けむりライン」バージョン。
しかしキハ40系を退陣に追い込んだ立役者も車齢30年を超えてきたので、早くも置き換えのうわさが上がってきている。
そう言えば10月中旬にJR東日本から廃車になったキハ40、47が37両ベトナムに無償譲渡されるってニュースが出ていた。ベトナム国鉄は長距離輸送ばかりで、都市近郊輸送や通勤輸送という形態がないので、ようやくその形が始まるという事らしい。
新庄駅を出発するとすぐ目に入る赤レンガの機関庫。明治36年に建築され、この裏にあるターンテーブルともども現役とのこと。
酒田に到着後駅前で一泊、翌日早朝に酒田駅に向かう。昨日もそうだったが、日本海からの風が強い。磐越西線沿いには風力発電の風車が何本も並んでいた。昭和51年にあった酒田の大火も、この風が原因らしい。
酒田7:02発の村上行きで今回初めてCVE-400に。4両もつないでいるが、鶴岡に向かう高校生で途中からは満員状態になった。東京や大阪と違って、通学に使える時間帯はこの一本しかないからか。
新潟所属のGVE-400は、車内の基本カラーがトキピンク(朱鷺の羽の色らしい)で、天井にもトキピンクの帯が入っている。最近の車両には珍しく、車体幅は2800㎜しかないので、車内もやや狭い。
左側に出っぱっているのはトイレではなくて床上機器室。床下は一杯と言うことか(近藤氏撮影)。
運転台はこんな感じ。キハ40系とは時代の違いを感じさせる(近藤氏撮影)
あつみ温泉駅で長い運転停車。駅前には何もなく温泉街はかなり離れているらしい。朝早いので、ホテル・旅館の送迎バスもいない。
途中で日本海に虹がかかっていた。酒田から村上まではほぼ日本海沿いを走る。
村上駅に到着。接続する新潟行き普通のE129が待っている。
しかしGVE-400は床上機器室が大きく、トイレ並みのスペースを取っている。いったい何が収まっているのか。誰かご存じないですか?
新潟から新津まで行って、磐越西線の会津若松行きに乗り換え。またしてもキハ110。
しかしこの路線にもすでにGVE-400が投入されていて、近い将来このキハ110も淘汰される予定。すでに余剰となりつつあるこの形式の行先は?

それにしてもJR西日本はこの前身と言うべきキハ40系がゴロゴロしているのに、JR東日本は財務体質が強固という事か。
喜多方に停車。磐越西線の会津若松~喜多方間16.6キロは殆どがDCの運転で、電車は一日3往復しか走っておらず、非電化にして運用・メンテナンスコストを削減したいという計画が発表されたが、喜多方市は猛反対している。
ハイブリッド車や新世代の電気式DCがこれだけ普及してくると、電化の意味がどれくらいあるのか、確かに疑問ではある。
会津若松に到着後、画面右の郡山行きE721系に乗り換える。なんだか腰が下がっているというか、やはり低床構造がよくわかる(近藤氏撮影)。


この後、郡山から新幹線に乗って宇都宮まで行き、柴田・近藤両氏は小山で下車、塚根は東京へ向かって解散となりました。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

コメント

  1. 皆様、楽しいご旅行の報告、ありがとうございました。楽しみながら、写真と詳しい説明に読み入りました。またのご報告期待しています。

    • コロナがそろそろ落ち着いてきているので、いろんな制約がなくなるといいですね。

  2.  ミニ合宿の様子を楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。JR東日本の車両たちの説明も丁寧に案内していただき、よくわかりました。JR東日本の車両の世代交代は、JR西日本のそれとは随分差がありますね。しっかりついていきたいものですが…。

    • JR東日本は新車投入でイニシャルコストがかかってたとしても、古い車両を使い続ける事によるランニングコストの増加というデメリットの方が大きいとみているようです。
      JR西日本もその事は分かっているのでしょうが、そうは言ってもとりあえず先立つものがない、という事ですかね。
      通勤電車も特急車両もJR西日本とは2世代くらいの開きがでてきています。