昭和46年3月 我が青春の北海道合宿記 5

鉄道旅行
  • 迫力のC62重連を撮影した後長万部で構内で憩うスワローエンジェルに会いに行く
  • デフレクターに輝くつばめのマーク
    デフレクターに輝くつばめのマークボイラーの大きさに圧倒
    ボイラーの大きさに圧倒C622テンダーから
    C622テンダーからD52404 S46.3.18
    D52404 S46.3.18構内の雰囲気
    構内の雰囲気D51765
    D51765C11とキハ22?
    C11とキハ22?D511017 隣にいるのはマニ?
    D511017 隣にいるのはマニ?16時43分下り103列車「ニセコ3号」がドラフト音とともに長万部駅を発車して行く
    16時43分下り103列車「ニセコ3号」がドラフト音とともに長万部駅を発車して行く
    C622とC623のコンビで牽く「ニセコ」306D 「宗谷」 長万部駅で
    306D 「宗谷」 長万部駅で

コメント

  1. 前回我が青春の北海道合宿記4のコメントで「大沼のユースホステルに二泊…」と書きました。それは急行「宗谷」の次のコマが礼文らしい駅でのD52牽引の貨物列車になっていたからですが、よく見るとメモには273レとあり、この列車は鉄道ファン昭和46年1月号所載の室蘭本線列車ダイヤでは8時10分頃礼文に着いています。当時の時刻表によるとこの列車を撮るためには長万部を6時14分に出る汽車に乗る必要があることがわかり、大沼のユースホステルに泊まっていては到底この列車には乗れません。駅を含め長万部で泊まったとするのが一番合理的なのですが、そのあたりの記憶が全くありません。なので、前回のコメントは若干修正することにしました。次回は「礼文華」で有名だった室蘭本線礼文付近での写真もご紹介する予定ですが、今やこの岩場の海岸線を行く列車の風景も過去のものとなったようです。

  2.  この時のメモが出てきました。一日の撮影内容は書かれていませんが、3月17日は、大沼のユースホステルに泊まり、3月18日は、有珠のユースホステル、3月19日は、札幌のあかしや荘に泊まっていることが書かれています。あかしや荘では、転んで壁をぶち破った思い出がありますが、有珠のユースホステルってどこのあったか定かではありません。洞爺や有珠周辺だったことは間違いないと思いますが・・・。
     次回の「礼文華」の投稿も楽しみにしています。あの線路跡が、道道608号線になっていて、廃線めぐりができます。当時のトンネルも残っていますが、通れないようですね。被写体としては、良い区間でした。

    •  ありがとうございます。実は「宗谷」の次のネガが273レになっていると書きましたが、撮影場所は「豊浦」と書いてあったのです。でもその後に礼文ー大岸間などのネガが出て来るので「???、これは豊浦とあるのは礼文の間違いではないか」「それなら長万部を6時過ぎの列車に乗らねばならないけれど…。でもそうしたとするとダイヤでは礼文に到着後273レが来るまでに何本も列車があるのに何で一枚も取ってなかったのかな?」等々腑に落ちないことだらけだったのですが、有珠のユースに泊まっていたのなら全て氷解します。礼文まで引き返したんですね。それにしても有珠の記憶が全くないのは不思議ですが。札幌の施設は確か国鉄共済だったのではなかったでしょうか。立派な施設だったことが記憶に残っています。

      •  腑に落ちてよかったです。モヤモヤしていたらストレスになりますからね。
         合宿は強行軍でしたから、記憶にも残らないほど、疲れ切っていたのでしょうね。  
         あかしや荘は、国鉄の共済の宿でした。メモにそう書いてあります。今はなくなっていますが、札幌駅の近くにあったと思います。