昭和46年3月 我が青春の北海道合宿記 10

鉄道旅行
白河付近の特急「ひばり」
  • 仙台を7時に出る「あがの1号・いわき1号」で郡山へ、そこで黒磯行き134レに乗り換え白河で少しだけ写真を撮って昼前には上野行きの普通列車に乗り込んでいた。
  • ED71牽引長い編成の貨物列車
    ED71牽引長い編成の貨物列車上野駅高架ホーム上の「とき4号」
    上野駅高架ホーム上の「とき4号」地平の17番線には秋田から羽越本線・上越線経由の2012D「いなほ」が到着
    地平の17番線には秋田から羽越本線・上越線経由の2012D「いなほ」が到着すぐに常磐線平行きの1001D「ひたち」に変身
    すぐに常磐線平行きの1001D「ひたち」に変身
    この後構内の食堂で夕食を摂り東京駅へ、大垣行き143Mに乗り込むまで長い時間をひたすら耐える一夜明けた3月23日名古屋で
    一夜明けた3月23日名古屋で302M急行「東海1号」 愛称板が赤であることをを知る
    302M急行「東海1号」 愛称板が赤であることをを知る401M「比叡1号」サハシ153が組み込まれた10両編成
    401M「比叡1号」サハシ153が組み込まれた10両編成中央西線の70系
    中央西線の70系米原発三島行き428Mは3枚窓の湘南型 S46.3.23
    米原発三島行き428Mは3枚窓の湘南型 S46.3.23大垣発名古屋までは普通522M。ここから602M「伊那1号」となる
    大垣発名古屋までは普通522M。ここから602M「伊那1号」となる
    北海道合宿締めの写真となっている。この後「かすが」で自宅に帰ったがキハ55の写真撮っとけばよかった。

コメント

  1.  私の北海道合宿は8泊9日、うち宿泊施設で泊まったのは3日。車中泊は全てシートピッチ146センチのボックス席、国内旅行といえば鉄道利用が当たり前、急行列車は始発駅から満席で通路に座り込む乗客がいた時代よく頑張ったものだと思う。尤も旅館に泊まるより車中泊の方が安上がりである以上に気楽だったこともあるけれど。
     当時の周遊券を残してあったので番外編として投稿させていただきます。下手な写真にお付き合い下さりありがとうございました。

    •  あの当時の懐かしい写真の数々、ありがとうございました。
       車中泊が当たり前でしたね。北海道では、夕刻に札幌に来ていたら、札幌発の夜行列車が、稚内・網走・釧路・函館の各方面に出ていたから、それに乗って車中泊ができました。現在では考えられないことです。良き時代だったとつくづく思う。