- 旧大阪鉄道が作った「亀の瀬トンネル」を見てきました。
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亀の瀬付近の地図
大和川対岸へ路線を移設する前のルートと発見されたトンネル部分を地図に書き入れました。河内堅上駅から三郷駅まで、約3.1km。ハイキングに良いかもね。
要所記載地図
河内堅上駅入口
この駅から、亀の瀬、三郷駅へとスタート。駅の入口横にある駅名看板は、以前、どの駅にもあった青色のほうろう製で、懐かしさを感じさせてくれます。
河内堅上駅にて
221系の大和路快速
線路沿いを歩いていると221系が走ってきました。この先頭車両には、先頭車両間転落防止幌が付いていません。付いていない方がいいなあ~
河内堅上駅~三郷駅 間
亀の瀬地すべり資料室
ここで、トンネルの見学受付をしてくれます。
亀の瀬地すべり資料館前
第4大和川橋梁上を行く221系
2019年の土木学会選奨土木遺産になりました。 つくりが2重構造になっていますね。この橋を渡って、地すべり地域を避けています。
河内堅上駅~三郷駅 間
鉄道トンネル発見の排水トンネル入口(右)
右側の排水トンネルを掘削中に、鉄道トンネルが見つかりました。
排水トンネル入口群
亀の瀬トンネルの内部
幅が広く、天井も高いつくりになっています。標準軌用のトンネルのスケールです。
亀の瀬地中
レンガ造りの壁の厚さを調べるために開けられた穴
レンガ造りの壁の厚さは、60cm以上あったとのことです。
亀の瀬地中
三郷寄りの崩壊の様子。
三郷寄りで、地すべりの影響で崩壊があり、土砂が流れ込んできています。
亀の瀬地中
第4大和川橋梁上を行く201系
221系とともに関西本線で活躍しています。
河内堅上駅~三郷駅 間
亀の瀬トンネルを見学
廃線巡り


コメント
大阪府と奈良県の府県境の亀の瀬にある「大阪鉄道が作ったトンネル」を見学してきました。
大阪鉄道は、1888年から1900年に関西鉄道と合併するまで存在した鉄道会社です。
路線は、湊町から奈良へ、また、王寺から高田を経由して桜井へと延びていました。
大阪と奈良を結ぼうとすると、もっとも簡単に路線を敷設することができるところは、生駒山地の南の端で、大和川が流れる亀の瀬です。それ以外は、長いトンネルを掘らなくてはなりません。亀の瀬なら短いトンネルで済みます。
しかし、その亀の瀬は、万葉の頃から度々地すべりが起こっていたそうです。
昭和6年から8年にかけて起こった大きな地滑りは、関西本線の亀の瀬トンネルを崩壊させました。そのため、汽車が通れず、1kmほど歩いて乗り継いだそうです。国鉄は、これを機に、地すべりの東と西に大和川を跨ぐ、第3大和川橋梁と第4大和川橋梁を作って地すべり地域を避け、大和川対岸へ線路を移設しました。それが現在のルートです。
昭和20年11月13日、排水トンネル掘削工事中に、掘削機がレンガと当たり、それを取り除くと、亀の瀬トンネルが現れました。トンネル内部の一部は崩壊していないことから、翌年の12月2日からその部分が公開され、亀の瀬トンネルの遺構を見ることができるようになりました。
今日は、そのトンネルを見てきました。
このトンネルは、狭軌用のトンネルではなく、JR在来線のトンネルより広く高く作られていて、標準軌用であることが分かります。
関西鉄道の奈良と加茂間にあった黒髪山トンネルが、標準軌用に作られていたことを思うと、明治の時代に標準軌で鉄道を敷設しようと考えていた人がいたことが分かります。
今のJRの在来線が、標準軌で作られていたら、全国の鉄道網も随分変わっていたことでしょうね。
塚本様、コロナ禍の中素晴らしい行動力。北条鉄道と言い様々な情報を発信して頂きましてありがとうございます。亀の瀬地すべり資料館は初めて知りました。またコロナが沈静化しましたならば、動き廻りまして様々な写真を発表しようと考えていますが、今はじっと我慢の子です。発表迄暫くお待ち下さい。
関西鉄道が標準ゲージとは知りませんでした。このゲージ幅で鉄道を敷設して行きますと、塚本様も言われるように、全国の鉄道網も違っていたでしょうね。
体調管理に気をつけてくださいよ。
関西鉄道の軌道は、狭軌でした。でも、黒髪山トンネルは、標準軌用の大きさに造られました。将来、狭軌を標準軌にしたかったのでしょうね。その夢が叶わず、関西鉄道は国有化されてしまい、狭軌のまま現在に至っています。