友人達との旅行の合間に 国鉄「あさかぜ」は、ブルートレインの元祖で関西を通るが、手軽に撮影とはいかなかった列車だった。 s48.11 2021.06.022022.05.01 投稿内容: 今から50年近く前、就職して間もない頃職場の同僚と広島方面に旅行した時の写真 追加投稿画像: タイトル: IMG_0124-1Mなは-scaled-1キャプション: 大阪を7時5分に出発。11時19分広島に着く。電車化され単独運転となって間もない頃。 s48.11 タイトル: IMG_0122キャプション: ピンチヒッターで運用に入ったのか167系の「山陽」がやって来た。 タイトル: IMG_0123キャプション: 広島の国電がシティ電車となってフリークエントサービスを始めるのは大分先のこと。広島からの上り山陽ローカルは1~2時間に1本程度だった。 タイトル: IMG_0125キャプション: モハ80形の試験運転か。背景に新幹線施設らしき建築物の鉄骨が見える。 コメント 名前:南本利治 : 投稿日:2021/06/02(水) 13:20:06 ID:I5MjYxNjM 毎度昔の写真ばかりで恐縮です。就職した後懐具合が改善したので、この頃からカラーとモノクロの立場が逆転していきます。ただ、ネガの保管環境が悪かったせいかフィルムが変質したようで、スキャナーにかけると黄色くかぶったようになってしまっています。 「なは」は「日向」との併結運転から独立。昭和45年の鹿児島本線全線電化から待たれていた電車化がようやく実現しました。急行「山陽」は撮影したときは167であることに気付いてなかったのか、今回投稿しようとして「あれれ・・・」と思った次第です。 このときの広島行は、はじめて厳島神社に参詣したのと急行「音戸」(広島行)を利用したことくらいしか記憶になく、この後三次に行ったと思うのですが写真もなく覚えてもいないのでいい加減なことです。 返信 名前:塚本勝美 : 投稿日:2021/06/03(木) 10:18:33 ID:U0NzYzNDk 懐かしい列車を見せていただき、ありがとうございます。列車の姿をきれいに撮影されているのに敬服しています。 同じ時代を歩いてきたからこそ味わえるこの感動がうれしいです。 本当にいい時代を歩んできたと思います。 これからも、思いで深い列車写真を見せてください。期待しています。よろしくです。 返信 名前:成瀬 伸夫 : 投稿日:2021/06/02(水) 18:10:38 ID:cxNDg2NTk 半世紀も前の写真がどんどん出てきますね。 かなり整然とした現在の車両と比べれば、当時はそれ程違和感を抱かなかった、何か雑然とした光景が懐かしく思い起こされます。 返信 名前:南本利治 : 投稿日:2021/06/02(水) 22:56:55 ID:I5MjYxNjM 若い頃は、もう少し早く生まれていればなあと思ったものです。そうしたら特別急行電車や気動車列車が大増発された昭和36年のダイヤ改正の状況をアルバムに残すことができたのにとか、ダークグリーン2扉のモ2200旧やレモンイエローとダークブルーの近鉄の特急群が撮れたのになどなど。 でも、東海道新幹線開業前や開業後のことを肌で感じることができたり、蒸気機関車の終焉に立ち会えたり、新性能電車と旧型車両がともに活躍していることを当たり前のように受け止めたり、全国に急行列車が走り回っていた頃それを存分に利用できたり、思えば自分は幸せな趣味人生を送って来れたんじゃないかと思うようになりました。 自分に残された人生はあと10年か20年か、いずれにしてもそう長い時間でないことだけは確かなようです。そんなことを考えると、元気なうちに今まで撮って来た写真を自分以外の人に見てほしいと思うようになりました。幸いなことに塚根管理者が龍大鉄道同好会OB会のホームページを立ち上げてくれました。インターネットによって見ず知らずの人の鉄道写真を気軽に見ることができる世の中になりました。自分は何と恵まれた時間を生きているのかとつくづく思います。 自分のコメント欄では殊勝なことを述べましたが、これからも昔の写真をできの悪いものもおかまいなしにどんどん投稿していくつもりですので、コメントの方を含め何卒よろしくお願いいたします。 成瀬さんが撮られた昔の写真も期待しています。 返信
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毎度昔の写真ばかりで恐縮です。就職した後懐具合が改善したので、この頃からカラーとモノクロの立場が逆転していきます。ただ、ネガの保管環境が悪かったせいかフィルムが変質したようで、スキャナーにかけると黄色くかぶったようになってしまっています。
「なは」は「日向」との併結運転から独立。昭和45年の鹿児島本線全線電化から待たれていた電車化がようやく実現しました。急行「山陽」は撮影したときは167であることに気付いてなかったのか、今回投稿しようとして「あれれ・・・」と思った次第です。
このときの広島行は、はじめて厳島神社に参詣したのと急行「音戸」(広島行)を利用したことくらいしか記憶になく、この後三次に行ったと思うのですが写真もなく覚えてもいないのでいい加減なことです。
懐かしい列車を見せていただき、ありがとうございます。列車の姿をきれいに撮影されているのに敬服しています。
同じ時代を歩いてきたからこそ味わえるこの感動がうれしいです。
本当にいい時代を歩んできたと思います。
これからも、思いで深い列車写真を見せてください。期待しています。よろしくです。
半世紀も前の写真がどんどん出てきますね。
かなり整然とした現在の車両と比べれば、当時はそれ程違和感を抱かなかった、何か雑然とした光景が懐かしく思い起こされます。
若い頃は、もう少し早く生まれていればなあと思ったものです。そうしたら特別急行電車や気動車列車が大増発された昭和36年のダイヤ改正の状況をアルバムに残すことができたのにとか、ダークグリーン2扉のモ2200旧やレモンイエローとダークブルーの近鉄の特急群が撮れたのになどなど。
でも、東海道新幹線開業前や開業後のことを肌で感じることができたり、蒸気機関車の終焉に立ち会えたり、新性能電車と旧型車両がともに活躍していることを当たり前のように受け止めたり、全国に急行列車が走り回っていた頃それを存分に利用できたり、思えば自分は幸せな趣味人生を送って来れたんじゃないかと思うようになりました。
自分に残された人生はあと10年か20年か、いずれにしてもそう長い時間でないことだけは確かなようです。そんなことを考えると、元気なうちに今まで撮って来た写真を自分以外の人に見てほしいと思うようになりました。幸いなことに塚根管理者が龍大鉄道同好会OB会のホームページを立ち上げてくれました。インターネットによって見ず知らずの人の鉄道写真を気軽に見ることができる世の中になりました。自分は何と恵まれた時間を生きているのかとつくづく思います。
自分のコメント欄では殊勝なことを述べましたが、これからも昔の写真をできの悪いものもおかまいなしにどんどん投稿していくつもりですので、コメントの方を含め何卒よろしくお願いいたします。
成瀬さんが撮られた昔の写真も期待しています。