昭和47年3月10日大阪駅で捉えた優等列車

国鉄
401M急行「比叡」

▲山陽新幹線岡山開業を間近に控えた大阪駅で何枚か優等列車を写真に収めた。写真は401M急行「比叡1号」

312M急行「とも1号」

急行「とも」は(新)大阪―三原間に最盛期4往復が設定された。準急時代の愛称は「びんご」

1001M特急「しおじ1号」

先頭はクロハ181でも愛称板は巻き取り式なのが残念

3M特急「はと1号」

「はと1号」は「しおじ1号」の7分後を広島まで4時間以上追いかける

301M急行「ながと1号」

よんさんとおで「関門」改め「ながと」となった山陽線の急行。当時はまだビュッフェ組込みの10両編成で運転されていた。

314M急行「とも2号」

この153系は新快速色となっていた。(真ん中のサロのみ湘南色)

宇野から上ってきた1012M特急「うずしお1号」

「うずしお」は36年10月改正で誕生した由緒ある四国連絡特急だったが、481になってしまったのは残念。

コメント

  1.  ご無沙汰しています。南本利治です。
     学生時代から撮り溜めたネガに劣化しているものがあるのに気付きデジタル化することにしました。でも、何しろ8年前に買ったスキャナゆえ連続して使うと動かなくなったり、使用した後は1,2日あいだを置かないと電源が入らなかったりという始末で大分日にちがかかりましたが、ようやく一応のデジタル化が終わりました。今後は撮影期日・場所の特定作業になります。古い時刻表やどこにしまったかのわからなくなった手帳を探し出しての作業なのでいつ出来上がるものやら・・・。
     ということで完成を待っていると永遠に投稿できないので、少しずつ発表させていただくことにしました。今回の写真は大阪駅で10時過ぎの「比叡」到着から11時25分到着の「うずしお」までです。
     大学時代は入学前のアルバイト代で買った中古のペンタックスが愛機でした。絞りは勘で決めていたので露出不足のものが多いですが、デジタル化とはありがたいもので暗い写真も相当明るくできるので、その点ではよい時代になったものです。かつてなら町のDPE屋さんにお願いして露光時間を調整して焼いてもらうしかなかったのですから。
     なお、今回の写真アップは管理人さんに助けていただきました。今後はなるべく迷惑をおかけしないようにしたいと思います。
     

  2. 良き時代の優等列車群を見せていただき、ありがとうございます。
    馴染み深い列車ばかりで、あの頃を思い出します。郷愁に駆られてばかりいます。

    • 当時の列車ダイヤ(私製・20年ほど前市販の時刻表から作ったもので、当時は細かい文字等がまだよく見えていたようです。)を見てみると、東京まで行く昼行の優等列車は急行「桜島・高千穂」しかないものの、山陽本線は昼行が毎時1本とそれに岡山や広島まで7~10分程の間をおいて雁行する特急群や、鷲羽・とも・ながと・玄海・つくし等の急行列車という優等列車が1時間に5~6本も運転されており、大阪駅の下りと上りのホームを行ったり来たりしながらカメラを構えていたものです。
       塚本さんは新幹線開業前に急行「六甲」で田町電車区に撮影に行ったりしたとのことなので、当時の写真も投稿してもらえたらと思います。

      •  了解です。
         田町電車区に行った時の写真を探します。
         ネガもデータもどこかへ…ですが、アルバムにあった写真を後ほど投稿します。
         あの当時は、大阪駅や東京駅でも、線路内に入って撮っていたのですが、さすがにその写真は、今のご時世では投稿できませんので、投稿写真が少なくなります。