こんな写真がありました 2
近鉄の車両は片町線の徳庵にあった近畿車輛で製造されていました。そこから近鉄の検車区・工場へ送られていたわけですが、片町線・関西線・和歌山線を通り、吉野口から近鉄吉野線経由で橿原神宮駅(前)へ、そこで狭軌用の台車から標準軌用に履き替え工場所属の電車に牽引されて搬入されるということを誰かに聞いたか雑誌等で読んだかした記憶があります。この日は「敬老号」「20世紀号」などの臨時列車を撮りに行き、偶然目にしました。撮影順に投稿しています。モ1000型にサンドイッチになっていますが、どんな風にしたのかよくわかりませんが、まあご覧になってください。
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近鉄特急の代名詞たるビスタカー。子供の頃私はビスタカーというのは、あのモ10100系のことだと思っていました。子供の頃買ってもらった絵本や図鑑には10000系の絵や写真が載っていたにもかかわらず・・・。その絵に描かれたビスタカー10000系の塗り分けは、腰部と張り上げ屋根の部分が紺色で窓周りがオレンジでした。この塗り分は一度だけ、小学校の日帰りバス旅行でトイレ休憩の時に偶然目にしたことがあります。ただその時は何故か真ん中のビスタ部分をはずした4両編成でした。その後中学生の時、奨学金の受給資格を得るための試験で橿原市内の高校に行ったとき、試験場の校舎の窓から遠くを行く新しい塗り分けの10000系を見ることができました。1年後国分駅構内での追突事故で山田側の形状は大きく変わって5年、昭和46年に早すぎる引退の時期を迎えることとなりました。引退の前に関屋付近で勾配をゆっくり上ってくる姿を見ましたが、10400→11400→12000と特急列車の出力アップが相次ぐ中、引退もやむなしだったのかもしれません。10100系・20100系等他の画期的な車両群同様保存されることなく姿を消した10000系ですがもう一度思い出してやりたいと思います。
トップの写真のキャプション中「7番線」とあるのは「9番線」の誤りです。奈良線が難波乗り入れで地下の別線になるまで大阪線列車は5~8番線だったのでうっかりしました。現在大阪線上本町は6線ですが奈良線移設からしばらくは3番線から10番線までの8線だったと思います。
床下の冷房関係の機器:一見電動発電機(MG)を思わせますがピクの近鉄特急特集号からMGではなく「冷房の圧縮装置」らしいです。家庭用のエアコンでも室外機と室内機があるように、室内機たる機器が先頭部の屋根にあり、室外機を床下に装備していたようです。床下にクーラーの機器を装備していたことは知っていたのですが、私が理解していたものと外観が違っていたのでこれはMGに違いないと思っていました。考えてみたらMGが1両に2台というのは変ですよね。で、私が理解していたものはどうやら「冷房の凝縮装置」にカバーを付けたものだったようで、以前どこかで川崎式の冷房装置を装備と書かれてあったので複雑な工程が必要だったんだなあと思いました。