思い出のC59

国鉄
呉駅を発車するC59161牽引の急行「安芸」東京行き 昭和45年8月25日
国鉄小倉工場で保存されていた頃のC591。トップナンバーです。準鉄道記念物として保存されていました。昭和44年11月23日
C59のトップナンバーは、汽車会社の製造2000番目の車両としてつくられ、鉄道省へ献納されました。そのプレートを撮りました。C591が最後に所属した熊本機関区のプレートがはめられていました。
C59164号機が、梅小路蒸気機関車館に入る前、少しの間(昭和46年8月12日~昭和47年9月30日)だけ、奈良機関区に配属になりました。「C59が奈良に入った」と聞いてすぐに撮りに行った時の1枚です。正面はぶれていましたのであげていません。。昭和46年8月
梅小路蒸気機関車館に納まったC59164号機です。平成29年9月25日
黒瀬川を渡るC59164号機 C59の美しいシルエットが見られました。2-C-1のパシフィックであることが分かります。昭和45年5月3日
小屋浦駅を発車するバック運転のC59164号機 昭和45年5月4日
C59の形式写真のつもりで撮ったC59161号機です。糸崎機関区 昭和45年5月5日
安芸川尻駅を発車して安登への登坂を駆け上がるC59161号機牽引の上り荷物列車 昭和44年8月22日
朝の通勤列車を引くC59162号機広島行きです。 小屋浦駅~坂駅間 昭和44年8月22日
小屋浦駅を発車するC59164号機広島行きです。 まだ電化の匂いがしていません。 昭和44年8月22日
天応駅に進入するC59161号機 ホームに架線柱が置かれ、いよいよ電化工事が始まります。天応駅 昭和44年11月20日
安芸川尻から安登までの登坂を駆け上るC59164号機牽引の急行「安芸」東京行きです。昭和44年11月20日
安浦から安登までの登坂を駆け上がるC59162牽引の急行「安芸」広島行きです。 昭和44年11月23日
安浦から安登までの登坂を駆け上がるC59164牽引の急行「安芸」広島行きです。 もうすぐ安登駅です。通過します。昭和45年4月8日

コメント

  1.  年末の12月22日、鉄道伝説で、「究極のパシフィックを開発せよ~」と題して、C59の話が放送されました。それを見て、また感動しました。
     「C59を知らない方もおられるのではないか」「究極のパシフィックの美しさを知ってほしい」との思いから、小生が撮ったC59の写真の一部を投稿することにしました。
     昭和42年時で、たった3両(C59161、C59162、C59164)しか残っていないC59を、呉線へ撮りに行こうと計画し、高校の鉄道同好会で、広島・呉線・糸崎機関区に夏合宿として行きました。
     それから呉線が電化され、ダイヤ改正される昭和45年の10月まで、時間があると呉線に行っていました。ホンダのN360で、国道2号線をひた走りに走り、早朝に小屋浦駅付近に着いて撮影、一日中C62とC59を追いかけて、車中泊し、また次の日も・・・。若き日の無茶をした思い出が、C59やC62とともによみがえってきます。
     奈良機関区にC59が入ったとの情報を得てすぐに駆け付けましたが、暗い扇形庫の中なので、上手く撮ることが出来ませんでした。扇形庫の外から撮ったC59164の後姿の写真を上げました。
     C59164は、奈良機関区を経て、京都の梅小路蒸気機関車館へ行きました。